イ・ヨン(孝明世子〔ヒョミョンセジャ〕)はどんな人だったのか?

 

『雲が描いた月明り』で主人公になっていたイ・ヨンは歴史上では孝明(ヒョミョン)世子という名でよく知られている。聡明で名君になる素質が十分だったのに、彼の才能が日の目を見ることはなかった。なぜ、そうだったのか。

写真=韓国KBS『雲が描いた月明り』公式サイトより

生まれながらの「未来の国王」

孝明世子は23代王・純祖(スンジョ)の長男として1809年に生まれた。
母親は純元(スヌォン)王后である。『雲が描いた月明り』では孝明世子ことイ・ヨンの実母は、彼が幼いときに亡くなった設定になっていたが、現実の世界では長生きして女帝のようにふるまった女性であった。




彼女がそこまで権勢をふるうことができたのは、夫の純祖が気弱い性格だったからである。強気にものごとを進められる純元王后は、消極的な純祖を押しのけて、自分の実家(安東〔アンドン〕・金氏の一族)に権力をもたらした。
そんな政治状況の中で孝明世子は育っていった。
彼が王の正式な後継者である世子に冊封されたのは3歳のときだ。こんなに早く世子となったのは、あまりに賢かったからだ。
純祖の長男ということもあり、孝明世子は生まれながらにして「未来の国王」を約束されていた。(ページ2に続く)

イ・ヨン(孝明世子)の劇的な人生を振り返る!

https://goo.gl/zf3dvA

イ・ヨン(孝明世子)の惜しまれる世子人生!

https://goo.gl/nMg7Lc

イ・ヨン(孝明世子)が主役の『雲が描いた月明り』は史実とどう違う?

孝明世子(ヒョミョンセジャ/名はイ・ヨン)はどれほど優秀だったのか?

ページ:

1

2 3

関連記事

ピックアップ記事

必読!「悪女たちの朝鮮王朝」

本サイトには、「悪女/奇皇后」というジャンルの中に「悪女たちの朝鮮王朝」というコーナーがあります。ここでは、朝鮮王朝の歴史の中で政治的に暗躍した女性たちを取り上げています。
朝鮮王朝は儒教を国教にしていた関係で、社会的に男尊女卑の風潮が強かったのです。身分的には苦しい境遇に置かれた女性たちですが、その中から、自らの才覚で成り上がっていった人もいます。彼女たちは、肩書社会に生きる男性を尻目に奔放に生きていきましたが、根っからの悪女もいれば、悪女に仕向けられた女性もいました。
「悪女たちの朝鮮王朝」のコーナーでは、そんな彼女たちの物語を展開しています。

本サイトの構成

本サイトは以下のジャンルに分類されています。
左側の上にカラーで色分けされたジャンルがありますので、それぞれにクリックして目的のジャンルにアクセスしてください。

[各ジャンルの紹介]

●雲が描いた月明り
●国王列伝/事件簿
・おどろき国王列伝
・三国高麗国王列伝
・事件簿
●朝鮮王朝劇場
●時代劇の主人公
●悪女/話題作
・朝鮮王朝三大悪女
・悪女たちの朝鮮王朝
・奇皇后
・華政/韓国時代劇
・イニョプの道
●オクニョ
・登場人物
・豆事典
・歴史解説
●朝鮮王朝人物列伝
●日本と韓国の歴史

・朝鮮王朝全史
・歴史探訪
・韓国の歴史
●歴史事典/編集部
・歴史事典
・編集部

ページ上部へ戻る