張禧嬪

時代劇の登場人物

張禧嬪(チャン・ヒビン)の母はなぜ王宮入りを阻止されたのか

粛宗(スクチョン)の側室となった張禧嬪(チャン・ヒビン)は、1688年に粛宗の長男を産んだ。その直後に、粛宗が激怒する事件が起こっている。それは、どんな出来事だったのだろうか。(adsbygoogle = window.adsbygoogl...
特選記事

張禧嬪(チャン・ヒビン)の最期!『トンイ』と史実はこんなに違う

1701年、19代王・粛宗(スクチョン)の側室だった張禧嬪(チャン・ヒビン)は、亡くなった仁顕(イニョン)王后に対して呪詛(じゅそ/呪い殺す儀式のこと)をした罪で死罪となった。そのときの描き方は、史実とドラマ『トンイ』では、どのように違うの...
朝鮮王朝全史

張禧嬪(チャン・ヒビン)の息子の景宗(キョンジョン)が即位!朝鮮王朝全史20

正室の座を手に入れた張禧嬪(チャン・ヒビン)は、その後、ますますわがままが目立つようになり、時には粛宗(スクチョン)にさえ意見をした。粛宗はそんな張禧嬪にいら立ちをつのらせていった。呪いの祭壇「離縁したのは間違いだったのか……」粛宗は仁顕(...
悪女たちの朝鮮王朝

粛宗(スクチョン)に愛された張禧嬪(チャン・ヒビン)/悪女たちの朝鮮王朝5

国王や著名な学者たちの肖像画はよく残っているが、朝鮮王朝時代の女性に関してはほとんど見当たらない。そのことが惜しまれる。張禧嬪(チャン・ヒビン)の肖像画が残っていれば、どんなに興味深かったことか。いずれにしても、好色だった粛宗(スクチョン)...
朝鮮王朝劇場

真相を語る張禧嬪(チャン・ヒビン)/朝鮮王朝劇場1

張禧嬪(チャン・ヒビン)とは誰か?生没年は1659年~1701年。女官として王宮に入り、19代王の粛宗(スクチョン)の寵愛を受けて側室となる。1688年に粛宗の長男を出産(後に20代王・景宗〔キョンジョン〕となる)。1689年に側室から王妃...
朝鮮王朝三大悪女

張禧嬪(チャン・ヒビン)の栄光と転落!朝鮮王朝三大悪女に迫る3

朝鮮王朝の正式な歴史書である『朝鮮王朝実録』は、人の容姿についてほとんど記録していない。しかし、張禧嬪(チャン・ヒビン)だけは例外だったようだ。同書では「張禧嬪は美しかった」と記している。特例になるほど、張禧嬪は絶世の美女だったのだ。息子を...
事件簿

張禧嬪(チャン・ヒビン)の死罪!朝鮮王朝の重大な事件簿6

19代王・粛宗(スクチョン)が張禧嬪を王宮の中で見初めたのは1680年頃と言われている。そのとき、粛宗は19歳で、張禧嬪は21歳だった。粛宗の母・明聖(ミョンソン)王后は、張禧嬪を警戒した。欲の深さが彼女の表情に出ていたからだ。(adsby...
時代劇の登場人物

韓国時代劇の最高のキャラはやっぱり張禧嬪!

韓国時代劇には数々の魅力的な女性が登場するが、そのなかでも抜群の存在感を放つのが、「朝鮮王朝3大悪女」の1人に数えられる張禧嬪(チャン・ヒビン)だ。絶世の美女として歴史書にも記されている彼女は、宮女から側室となり王の子を授かりながらも、最後...
朝鮮王朝人物列伝

トンイVS張禧嬪(チャン・ヒビン)/宿命の対決5〔疑惑編〕

張禧嬪は仁顕(イニョン)王后を呪詛した疑いをかけられて死罪になりました。不可解なのは淑嬪(スクピン)・崔(チェ)氏です。彼女のことを、ドラマ『トンイ』で描かれたような明るいイメージの女性だと想像すると、ちょっと違います。果たして動機は?16...
朝鮮王朝人物列伝

トンイVS張禧嬪(チャン・ヒビン)/宿命の対決4〔弾劾編〕

1701年8月に仁顕(イニョン)王后が亡くなります。彼女は1694年に王妃に復位しましたが、7年で世を去りました。最後の1年半はずっと病床にいて起きられない状態が続きました。仁顕王后が亡くなった直後に、「張禧嬪が呪い殺すための儀式をしていた...