日本と韓国の歴史

朝鮮王朝全史

名君・世宗(セジョン)の誕生!朝鮮王朝全史3

3代王の太宗(テジョン)は1400年から1418年まで約18年間王位に就いたが、その間に4回も譲位(国王が王位を譲ること)騒動を起こした。これには、自身が王権を巡って血で血を洗う争いをしたことに対する自戒の念もあった。長男の世子失格太宗はこ...
朝鮮王朝全史

芳遠(バンウォン)が3代王の太宗(テジョン)となる!朝鮮王朝全史2

高麗王朝の最高実力者になった李成桂(イ・ソンゲ)は王を追放し、自分の都合のいいように動く恭譲王(コンヤンワン)を王位につけた。しかし、黒幕でいることよりも自ら王になりたいと思い、1392年に即位した。初代王の太祖(テジョ)の誕生である。若き...
朝鮮王朝全史

最高実力者になった李成桂(イ・ソンゲ)!朝鮮王朝全史1

韓国時代劇の8割以上は朝鮮王朝時代が舞台になっている。それだけに、朝鮮王朝の歴史がわかれば、さらに面白く時代劇を見られる。特に、王朝絵巻の主役は27人の王。そうした歴代の王は、果たしてどのような時代を作っていったのか。新たな王の予感朝鮮(チ...
韓国の歴史

現代韓国の序列主義の根源は朝鮮王朝時代の身分制度?

朝鮮王朝では厳しい身分制度が維持された。身分が違うと、着る服装から食卓のおかずの数まで違っていた。そんな身分制度によって、人々は序列をつけられたのだ。もちろん、今の韓国に身分制度は残っていないが、「序列」という意識は強烈に残ってしまった。韓...
韓国の歴史

朝鮮王朝国王の現実!27人の中で8人が生前退位

1392年から1910年まで続いた朝鮮王朝。国王は27人いたが、その中で亡くなる前に王位から降りた人は8人いる。隠居、譲位、クーデター……など、その理由はさまざまだ。その経緯を振り返ってみよう。建国当初は生前退位が続いた亡くなるまで国王であ...
歴史探訪

廃城跡に行ってみよう〔第2回/佐和山城〕

東海道新幹線に乗って東京から京都に向かう。米原を過ぎて彦根に至る。左側の車窓を見ると、小山の正面に佐和山城跡という看板が見える。その山にはかつて石田三成が居城にしていた佐和山城があったのである。3杯の茶石田三成は1560年に生まれた。秀吉と...
歴史探訪

廃城跡に行ってみよう〔第1回/安土城〕

もしも織田信長が「本能寺ノ変」で倒れていなかったら。そして、彼が天下統一を成し遂げていたら。近江の安土が賑やかな都になっていたかもしれない。今は、のどかな田園風景が広がるだけなのだが……。信長時代の到来1575年5月、「長篠の戦い」で武田軍...
歴史探訪

日本の古戦場〔第3回/関ケ原〕

関ケ原といえば、天下分け目の決戦の代名詞。古戦場は東海道線の関ケ原駅から近い。東海道新幹線に乗っているときも、広々とした関ケ原がよく見える。この場所で1600年に日本の歴史が大きく変わったのだ。序盤は西軍が優勢関ケ原の戦いは、東軍と西軍が対...
歴史探訪

日本の古戦場〔第2回/賤ヶ岳〕

織田信長の後継者の座を争った柴田勝家と秀吉。両者が激しく激突した場所が賤ヶ岳だ。標高は421メートル。琵琶湖の北端にある頂上からの眺めがすばらしい。古戦場めぐりの楽しみを満喫できるところだ。勝家と秀吉の対立織田信長が「本能寺ノ変」で倒れたあ...
歴史探訪

日本の古戦場〔第1回/姉川〕

1570年に織田軍と朝倉・浅井連合軍が激しく戦ったのが姉川だった。合戦場に行くには、北陸本線の長浜駅で下りて、東北方面に5キロメートルほど。浅井氏の居城だった小谷城も見て回ろう。「金ケ崎の退き口」戦国時代の覇者にならんとした織田信長。京都を...