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朝鮮王朝全史

中宗(チュンジョン)と趙光祖(チョ・グァンジョ)!朝鮮王朝全史11

1506年に即位した中宗(チュンジン)は、燕山君が行なった悪政を正すことに全力を注いでいった。まず、伝統的な学び舎である成均館(ソンギュングァン)の復活を急ぎ、虐殺事件によって被害を受けた人たちの名誉を回復させた。同時に、燕山君がないがしろ...
朝鮮王朝全史

中宗(チュンジョン)が即位!朝鮮王朝全史10

多くの血が流れた「甲午士禍」が終わった後の宮中は、無残な荒野のようだった。二つの虐殺事件の後、燕山君(ヨンサングン)の暴政はさらに悪化していき、庶民の暮らしは貧窮を極めた。国家の一大事庶民の暮らしが悪化しても、女遊びと酒宴に明け暮れる燕山君...
雲が描いた月明り

イ・ヨン/孝明世子(ヒョミョンセジャ)はどのように亡くなったのか

23代王・純祖(スンジョ)の長男として1809年に生まれた孝明世子(ヒョミョンセジャ)。ドラマ『雲が描いた月明り』ではイ・ヨンという名で登場している。早世した彼の最期の日々を追ってみよう。将来の名君を予感させたが……若くして頭脳明晰な賢人と...
雲が描いた月明り

孝明世子(ヒョミョンセジャ)/イ・ヨンの実母の純元(スヌォン)王后は誰?

『雲が描いた月明り』では世子のイ・ヨンの生母は死んだことになっていたが、実際の母は純元(スヌォン)王后と言って、19世紀前半の朝鮮王朝で女帝のようにふるまった怪女であった。果たして、どんな女性だったのだろうか。勢道政治が始まる純元王后は17...
雲が描いた月明り

孝明世子(ヒョミョンセジャ/名はイ・ヨン)はどれほど優秀だったのか?

『雲が描いた月明り』の主人公になっていたイ・ヨンは孝明世子と呼ばれた。彼は23代王・純祖(スンジョ)の長男として1809年に生まれたが、5歳で世子になり、頭脳明晰な後継ぎとして有名だった。政治の経験を積ませるために世子といえば未来の国王だ。...
雲が描いた月明り

イ・ヨン(孝明世子〔ヒョミョンセジャ〕)の父の純祖(スンジョ)は誰?

『雲が描いた月明り』では、世子のイ・ヨンの父である国王の純祖(スンジョ)が、官僚たちに言いように政治を仕切られてしまうという無力ぶりが目立っていた。果たして、実際の純祖はどのような王であったのだろうか。名君だった父の後を継いだが……1800...
雲が描いた月明り

イ・ヨン(孝明世子〔ヒョミョンセジャ〕)はどんな人だったのか?

『雲が描いた月明り』で主人公になっていたイ・ヨンは歴史上では孝明(ヒョミョン)世子という名でよく知られている。聡明で名君になる素質が十分だったのに、彼の才能が日の目を見ることはなかった。なぜ、そうだったのか。(adsbygoogle = w...
朝鮮王朝全史

母の死の真相を知った燕山君(ヨンサングン)!朝鮮王朝全史9

王が絶対的な権力を持つ朝鮮王朝では、王が名君ならば平穏な時代が流れ、暴君ならば混乱をきわめた。10代王の燕山君(ヨンサングン)は最悪の暴君であり、朝鮮王朝がもっとも血に染まった時代だ。燕山君を嫌う臣下たち1494年に即位した燕山君は、王政を...
朝鮮王朝全史

最悪の暴君だった燕山君(ヨンサングン)!朝鮮王朝全史8

1494年、惜しまれながら9代王の成宗(ソンジョン)がこの世を去った。次の王に就いたのは、斉献王后が産んだ王子で18歳だった。この王が10代王の燕山君(ヨンサングン)である。少年時代の燕山君燕山君は幼くして母を失ったために、母の温もりを知ら...
朝鮮王朝全史

斉献(チェホン)王后を廃妃にした成宗(ソンジョン)!朝鮮王朝全史7

成人して親政を始めた9代王の成宗(ソンジョン)は、王権を自分の手に戻すため奮闘した。そんな彼の初めての仕事は、王になる前に亡くなった父の懿敬(ウィギョン)に王の尊号を贈ることだった。本格的な王道政治「父上は若くして亡くならなければ立派な王に...