景福宮(キョンボックン)!歴史の荒波を乗り越えて甦った王宮

朝鮮王朝の第一正宮

正殿の勤政殿(クンジョンジョン)

景福宮は、中国に古代から伝わる都城(城壁に囲まれた都市)建築物の基本形式を守った配置になっている。国家行事や王が命令を下す勤政殿(クンジョンジョン)と、王が一般執務を行なう思政殿(サジョンジョン)が前方にあり、後方には王の寝殿である康寧殿(カンニョンジョン)、王妃の寝殿の交泰殿(キョテジョン)が建つ。
また、景福宮の東には、歴代王と王妃の位牌を祀る宗廟(チョンミョ)を、西には土地と穀物の神を祭る社稷壇(サジクタン)が配置されている(李成桂は景福宮より先にまず宗廟と社稷壇を建設した)。
こうした建物の配置は、儒教の基本思想である“前朝後寝左祖右社”(前が朝廷で後ろが寝殿、左が祖先の廟、右が社稷)に基づくもので、朝鮮王朝第一の正宮として、模範になるように作られている。




その後、1412年には3代王・太宗(テジョン)が、景福宮の池を大きく広げ、外国の使節をもてなす迎賓館となる慶会楼(キョンフェル)を建設。また、4代王・世宗(セジョン)も、慶会楼の南側に優秀な学者たちの研究機関である集賢殿(チピョンジョン)を建て、学者たちと深い関係を築いていった。
このように景福宮は、朝鮮王朝の第一正宮として長い間、重用された。
(ページ3に続く)

朝鮮王朝の三大悪女/張緑水・鄭蘭貞・張禧嬪

奇皇后とはいったいどんな女性だったのか

明宗(ミョンジョン)は何をした?『オクニョ 運命の女』に登場

思悼世子(サドセジャ)!米びつで餓死した王子

貞明公主はどんな性格の王女だったのか

ページ:
1

2

3

関連記事

ピックアップ記事

必読!「悪女たちの朝鮮王朝」

本サイトには、「悪女」というジャンルの中に「悪女たちの朝鮮王朝」というコーナーがあります。ここでは、朝鮮王朝の歴史の中で政治的に暗躍した女性たちを取り上げています。
朝鮮王朝は儒教を国教にしていた関係で、社会的に男尊女卑の風潮が強かったのです。身分的には苦しい境遇に置かれた女性たちですが、その中から、自らの才覚で成り上がっていった人もいます。彼女たちは、肩書社会に生きる男性を尻目に奔放に生きていきましたが、根っからの悪女もいれば、悪女に仕向けられた女性もいました。
「悪女たちの朝鮮王朝」のコーナーでは、そんな彼女たちの物語を展開しています。

本サイトの構成

本サイトは以下のジャンルに分類されています。左側の上にカラーで色分けされたジャンルのコーナーがありますので、目的に応じて各コーナーをクリックして必要な記事にアクセスしてください。

〔各ジャンルの紹介〕

●話題作
・奇皇后
・雲が描いた月明り
・華政/韓国時代劇
・六龍が飛ぶ
・イニョプの道
●国王列伝/事件簿
・おどろき国王列伝
・三国高麗国王列伝
・事件簿
●歴史人物の実像
・時代劇の主人公
・時代劇の登場人物
・朝鮮王朝劇場
●オクニョ
・登場人物
・豆事典
・歴史解説
●朝鮮王朝人物列伝
●悪女
・朝鮮王朝三大悪女
・悪女たちの朝鮮王朝
●日本と韓国の歴史
・朝鮮王朝全史
・韓国の歴史
・日韓の歴史
・歴史探訪
●歴史事典/編集部
・歴史事典
・編集部

ページ上部へ戻る