チョン・ドジョン/鄭道伝はどんな人物だったのか

自負が強すぎた

新しく造られた王宮は景福宮(キョンボックン)と言うが、この名称も鄭道伝が名付けたものであった。
鄭道伝の名声は高まる一方となった。
彼はそういう自負をまったく隠さず、自分から「王朝の基盤を私が作っている」と公言していた。




それは事実であるが、主張が強すぎる性格によって鄭道伝が多くの敵を作ってしまったことも間違いない。
結局、李成桂の子供たちによる後継者争いが激しくなり、最終的に五男の李芳遠(イ・バンウォン)が異母弟たちを殺して後継者の地位を固めた。それが1398年に起こった「第一次王子の乱」であった。
このとき、鄭道伝は李芳遠の異母弟たちを支持していたので、彼は李芳遠によって殺害されてしまった。
朝鮮王朝建国の最大の功労者であった鄭道伝は、何とも無残な最期を迎えてしまった。その点は惜しまれるが、彼によって築かれた朝鮮王朝の基盤は盤石であり、518年も続く長寿王朝の基礎となった。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

イ・ソンゲ/李成桂は、どんな人物だったのか?

イ・ヨン(孝明世子〔ヒョミョンセジャ〕)はどんな人だったのか?

内侍府(ネシブ)とは何か?/『雲が描いた月明り』に登場

イ・ヨン(孝明世子)が主役の『雲が描いた月明り』は史実とどう違う?

固定ページ:
1 2

3

関連記事

ピックアップ記事

必読!「悪女たちの朝鮮王朝」

本サイトには、「悪女」というジャンルの中に「悪女たちの朝鮮王朝」というコーナーがあります。ここでは、朝鮮王朝の歴史の中で政治的に暗躍した女性たちを取り上げています。
朝鮮王朝は儒教を国教にしていた関係で、社会的に男尊女卑の風潮が強かったのです。身分的には苦しい境遇に置かれた女性たちですが、その中から、自らの才覚で成り上がっていった人もいます。彼女たちは、肩書社会に生きる男性を尻目に奔放に生きていきましたが、根っからの悪女もいれば、悪女に仕向けられた女性もいました。
「悪女たちの朝鮮王朝」のコーナーでは、そんな彼女たちの物語を展開しています。

もっと韓国時代劇が面白くなる!

韓国時代劇によく登場する人物といえば、朝鮮王朝の国王であった中宗、光海君、仁祖、粛宗、英祖、正祖を中心にして、王妃、側室、王子、王女、女官などです。本サイトでは、ドラマに登場する人物をよく取り上げています。

ページ上部へ戻る