イ・ヨン(孝明世子〔ヒョミョンセジャ〕)はどんな人だったのか?

巧みな統治能力

孝明世子は8歳のときに最高学府の成均館(ソンギュングァン)に入学し、10歳のときには早くも成人男子として認められた。すばらしい成長ぶりである。
こうなると、王家の通例として婚姻が待っている。
孝明世子は10歳にして嫁をもらった。それは、高官の趙萬永(チョ・マニョン)の娘であった。




趙萬永の一族は豊壌(プンヤン)・趙氏という。この一族の娘が世子の妻となり、豊壌・趙氏は一気に勢力を拡大していった。
利発に成長していった孝明世子は、18歳になった1827年から純祖のもとで代理聴政(テリチョンジョン)をするようになった。
この代理聴政とは、いわゆる摂政のことであり、王の代理で政治を仕切ることを意味していた。
表向きの理由は純祖の病状悪化であったが、実際には、純祖が息子の才能を高く買っていて、王家が政治の主導権を奪い返そうとしたのである。
実際、政治の表舞台に出てきた若き孝明世子は、巧みな統治能力を見せた。
それは、まずは人事面で発揮された。孝明世子は安東・金氏の一族が占めていた要職に新しい人材を積極的に登用していった。(ページ3に続く)

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