粛宗(スクチョン)はどんな国王だったのか

王権をわがままに使う

粛宗は党派の対立を見越したうえで、自分に対して忠誠を尽くす側を厚遇するという手法で王の権威を高めていった。そういう意味で、粛宗はしたたかな政治力を持った王であった。
ここまでの話であれば、粛宗が名君として揺るぎない評価を得るのが当然かもしれない。しかし、彼とて完璧ではない。むしろ、ほころびが目立つ王でもあった。その最たることが女性問題だった。




彼は、王妃や側室の間の争いをおさめることができなかった。それどころか、自ら火種を持ち込むことも多かった。宮中の「大奥」を混乱させた張本人と言われても、仕方がない面があった。
1689年に仁顕(イニョン)王后をいきなり廃妃にして、側室の張禧嬪(チャン・ヒビン)を王妃に昇格させた。しかし、5年後には張禧嬪を再び側室に戻し、一度は実家に帰した仁顕王后を再び正室に迎えている。
すべて粛宗の独断で行なったことで、こんな国王は朝鮮王朝でも前代未聞だった。しかし、それを平然とやってのけるところが粛宗らしいともいえる。彼は王権をわがままに使いこなせる国王であったのだ。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

息子・粛宗(スクチョン)の身代わりとなった明聖(ミョンソン)王后!

光海君(クァンヘグン)は朝鮮王朝でどんな国王だったのか

朝鮮王朝の中宗(チュンジョン)はどんな国王だったのか

光宗(クァンジョン)の栄光と苦悩!イ・ジュンギが演じた王の真実

固定ページ:
1 2

3

関連記事

ピックアップ記事

必読!「悪女たちの朝鮮王朝」

本サイトには、「悪女」というジャンルの中に「悪女たちの朝鮮王朝」というコーナーがあります。ここでは、朝鮮王朝の歴史の中で政治的に暗躍した女性たちを取り上げています。
朝鮮王朝は儒教を国教にしていた関係で、社会的に男尊女卑の風潮が強かったのです。身分的には苦しい境遇に置かれた女性たちですが、その中から、自らの才覚で成り上がっていった人もいます。彼女たちは、肩書社会に生きる男性を尻目に奔放に生きていきましたが、根っからの悪女もいれば、悪女に仕向けられた女性もいました。
「悪女たちの朝鮮王朝」のコーナーでは、そんな彼女たちの物語を展開しています。

もっと韓国時代劇が面白くなる!

韓国時代劇によく登場する人物といえば、朝鮮王朝の国王であった中宗、光海君、仁祖、粛宗、英祖、正祖を中心にして、王妃、側室、王子、王女、女官などです。本サイトでは、ドラマに登場する人物をよく取り上げています。

ページ上部へ戻る