朝鮮王朝の三大悪女/張緑水・鄭蘭貞・張禧嬪

王の母となる

1694年、仁顕王后は再び王宮に戻ってきました。廃妃された王妃は何人もいますが、復位できたのは彼女が初めてです。まさに前代未聞の出来事でした。
この年には淑嬪・崔氏が粛宗の息子を産んでいます。この子が後に22代王になる英祖(ヨンジョ)です。
せっかく王宮に戻ってきた仁顕王后ですが、病弱で床に臥せっていることが多かったようです。その末に1701年8月に亡くなりました。
このとき、張禧嬪が祠を建てて仁顕王后を呪い殺そうとしていたことが淑嬪・崔氏の証言によって発覚します。
粛宗もすでに張禧嬪から心が離れていますから、死罪に値すると思ったのでしょう。1701年9月、粛宗は重臣たちの前で張禧嬪を激しく非難します。




「密かに神堂を建てて、怪しげな者たちと祈祷をしておかしな動きをしていた」
粛宗は自ら張禧嬪の死罪を声高く主張しました。
こうして、張禧嬪は死罪になりました。
享年42歳でした。
しかし、張禧嬪が産んだ息子が20代王・景宗(キョンジョン)として即位しています。死罪だったとはいえ、王の母にもなったのです。これほど波瀾万丈の人生を歩んだ女性は、朝鮮王朝時代に他にいなかったことでしょう。
以上のように紹介した3人の女性は私利私欲に生きて、いったんは大きな成功を収めましたが、最後はみんな悲惨な死に方をしています。「朝鮮王朝の3大悪女」は結局、因果応報を受けたのです。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

朝鮮王朝三大悪女のことを詳しく説明した『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』(康熙奉〔カン・ヒボン〕著/実業之日本社)

康 熙奉(カン ヒボン)
1954年東京生まれ。在日韓国人二世。韓国の歴史・文化と、韓流および日韓関係を描いた著作が多い。特に、朝鮮王朝の読み物シリーズはベストセラーとなった。主な著書は、『知れば知るほど面白い朝鮮王朝の歴史と人物』『朝鮮王朝の歴史はなぜこんなに面白いのか』『日本のコリアをゆく』『徳川幕府はなぜ朝鮮王朝と蜜月を築けたのか』『悪女たちの朝鮮王朝』『宿命の日韓二千年史』『韓流スターと兵役』など。最新刊は『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』

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