光海君(クァンヘグン)の没落!朝鮮王朝の重大な事件簿4

王位を脅かす存在

父親の宣祖は亡くなったが、まだ母親の仁穆王后がいた。彼女が代理で政治をしてもらえば永昌大君が王位に上がることもできたが、当時の永昌大君の年齢は2歳だったため、それもできなかった。結果として、光海君が15代王として即位した。しかし、彼の王の座は完全に安定したわけではない。なぜなら、兄の臨海君と異母弟の永昌大君が王位を脅かす可能性があるからだ。




臨海君は、兄である自分を差し置いて王になった光海君のことを批判していた。彼の言動に危機を感じた側近たちは、1609年に臨海君を流罪に処した後で殺害して、矛先を永昌大君に向けた。
光海君の側近たちが永昌大君の命を奪ったのは1614年のことで、当時8歳だった永昌大君を、オンドル(床暖房)の部屋に閉じ込めて焼死させるという酷い方法で殺害した。(ページ3に続く)

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