太宗(テジョン)が心から憎んだ神徳(シンドク)王后

不幸な親子関係

太宗の父の太祖は、1398年に退位したとはいえ、先に亡くなった神徳王后を心から追慕していた。
韓国時代劇『イニョプの道』では、太宗と父の確執が描かれていたが、その原因となったのは、太宗が神徳王后を憎み、芳蕃と芳碩を殺したからであった。
それだけ、父と子の対立は、根が深かったのである。




太祖が世を去ったのは1408年だった。
最後に和解したとはいえ、神徳王后をめぐる感情のもつれが、太祖と太宗を不幸な親子関係にしてしまったのは事実である。
なお、18代王・顕宗(ヒョンジョン)の時代になって、ようやく神徳王后の名誉が回復されて墓も再び整備された。
それまでには、250年の歳月が流れていた。

『イニョプの道』の時代背景を解説!

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