太宗(テジョン)が心から憎んだ神徳(シンドク)王后

 

1392年に朝鮮王朝を開いた太祖(テジョ/李成桂〔イ・ソンゲ〕のこと)は2人の妻を迎え、8人の息子をもうけたが、その兄弟同士が殺し合うという後継者争いが起きてしまった。朝鮮王朝は建国当初から大混乱に陥っていたのである。

H7zWh8n9ndMxVj71495160670_1495160703

建国当時の後継者選び

太祖が最初に妻として迎えたのは、神懿(シヌィ)王后である。彼女との間に芳雨(バンウ)、芳果(バングァ)、芳毅(バンウィ)、芳幹(バンガン)、芳遠(バンウォン)、芳衍(バンヨン)という6人の息子をさずかるが、神懿王后は太祖が朝鮮王朝を開く前年の1391年に54歳で亡くなってしまう。




太祖には第二夫人の神徳(シンドク)王后がいて、芳蕃(バンボン)と芳碩(バンソク)という2人の息子が生まれていた。
1392年、初代王となった太祖の後継者選びが始まった。
8人の息子の中で、もっともふさわしいのは実力が抜きんでていた五男・芳遠であり、彼自身も後継者に指名されると思っていた。(ページ2に続く)

『イニョプの道』の時代背景を解説!

『イニョプの道』で描かれた太宗と父の対立とは?

『イニョプの道』の理解のために知っておきたい身分制度!

ページ:

1

2 3

関連記事

必読!「悪女たちの朝鮮王朝」

本サイトには、「悪女/奇皇后」というジャンルの中に「悪女たちの朝鮮王朝」というコーナーがあります。ここでは、朝鮮王朝の歴史の中で政治的に暗躍した女性たちを取り上げています。
朝鮮王朝は儒教を国教にしていた関係で、社会的に男尊女卑の風潮が強かったのです。身分的には苦しい境遇に置かれた女性たちですが、その中から、自らの才覚で成り上がっていった人もいます。彼女たちは、肩書社会に生きる男性を尻目に奔放に生きていきましたが、根っからの悪女もいれば、悪女に仕向けられた女性もいました。
「悪女たちの朝鮮王朝」のコーナーでは、そんな彼女たちの物語を展開しています。

痛快!「朝鮮王朝劇場」

本サイトには、「朝鮮王朝劇場」というジャンルがあります。ここにある記事では、歴史に残る有名な人たちが現代によみがえったという形で、歴史を揺るがせた大事件を語っていきます。思わぬ真相が語られるかもしれません。

本サイトの構成

本サイトは以下のジャンルに分類されています。
左側の上にカラーで色分けされたジャンルがありますので、それぞれにクリックして目的のジャンルにアクセスしてください。
[各ジャンルの紹介]
●国王列伝/事件簿
 ・おどろき国王列伝
 ・三国高麗国王列伝
 ・事件簿
●朝鮮王朝劇場
●時代劇の主人公
●悪女/奇皇后
 ・朝鮮王朝三大悪女
 ・悪女たちの朝鮮王朝
 ・奇皇后 
●華政/イニョプの道
 ・華政/韓国時代劇
 ・イニョプの道
●オクニョ
 ・登場人物
 ・豆事典
 ・歴史解説
●朝鮮王朝人物列伝
●日本と韓国の歴史
 ・歴史探訪
 ・韓国の歴史
●歴史事典/編集部
 ・歴史事典
 ・編集部

ページ上部へ戻る