日韓近代・現代史が面白い!〔第2回/朝鮮王朝の滅亡〕

 

1894年2月、東学を信奉する多くの農民が全羅道(チョルラド/朝鮮半島西南部)で決起して、役所を襲いました。ここに、「甲午(カポ)農民戦争」が始まったのです(「東学党の乱」とも呼ばれます)。東学とは、西学(キリスト教)に対抗する東洋思想(儒教・仏教・道教)を意味しており、その根底には人間平等と社会改革の思想がありました。

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日清戦争が始まる

反乱の総大将は全琫準(チョン・ボンジュン)。彼に率いられた農民軍は5月末には全羅道をほぼ制圧しました。
危機に瀕した政府が清の軍隊に頼ろうとすると、すかさず日本も在留邦人の保護を名目に出兵の構えを見せました。
「清と日本に出兵の口実を与えてはならない」
そう考えた全琫準は政府との和睦を実現させるのですが、それに構わず日本は出兵し、清の軍勢と衝突しました。もはや日本と清の戦闘は避けられなくなったのです。
1894年8月1日、日本は清に対して正式に宣戦を布告しました。ここに日清戦争が始まったのです。
戦争を遂行する日本の目的は、朝鮮半島を保護国にすることでした。実際、清との戦争中に朝鮮半島は日本の占領下に置かれました。
憤怒した農民軍は再び蜂起しましたが、日本軍に歯が立たず、全琫準は捕らえられて1895年3月に処刑されてしまいました。(ページ2に続く)

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