日韓近世史が面白い!〔朝鮮出兵後の国交回復(前編)〕

対馬藩の策略

日本との修好に前向きになった朝鮮王朝は、その条件として、対馬藩を通して徳川幕府に2つのことを要求した。
1つは日本側からまず国書を出して使節を招聘すること。もう1つは、戦乱の中で王室の陵墓を荒らした犯人を送ることである。
犯人を差し出すことはさしたる問題がないように思えた。実際、誰が陵墓を荒らしたかはわからないのだ。適当な罪人を陵墓の犯人に仕立てあげれば済むこと、と対馬藩は考えた。
ただし、家康から国書を送ることは難航が予想された。これは面子の問題である。先に国書を出すということは、立場的に格下と思われても仕方がない。
それを家康が納得するかどうか。どちらにしても、かなり時間がかかることは間違いなかった。
そのことを案じた対馬藩は、苦しまぎれの策を講じた。それは国書の偽造である。徳川幕府に知らせず勝手に国書を作り、1606年11月に対馬藩の家老が釜山に出向いて朝鮮王朝に渡した。
同時に、陵墓を荒らした犯人として、麻古沙九(孫作のこと)と麻多化之(又八のこと)の2人を朝鮮王朝に引き渡した。
この2人はもともと対馬島内の罪人であったのだが、陵墓を荒らした犯人に仕立てあげられた。(ページ4に続く)

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