日韓古代史が面白い!〔仏教伝来(後編)〕

 

物部氏が滅んだ翌年の588年には、飛鳥の真神原(まかみのはら/現在の奈良県明日香村)で飛鳥寺の造営が始まっていた。ここで注目すべきは、その11年前の577年に百済の都だった扶余(プヨ)で王興寺(ワンフンサ)が建てられていることだ。飛鳥寺で使われた瓦と、王興寺から出土した瓦を比べてみると、蓮の花をかたどった形がよく似ている。このことからも、飛鳥寺が王興寺の影響を受けていることは間違いない。

堂々たる善光寺の本堂

堂々たる善光寺の本堂

善光寺の本尊

『元興寺縁起』によると、593年にまだ工事途中だった飛鳥寺で、塔の心礎に仏舎利を納める儀式が行なわれている。
注目すべきはその時の服装と髪形だ。
完全に百済式であったという。
蘇我氏はそこまで百済に近かったのである。
飛鳥寺の建立には推古天皇や聖徳太子も関わっている。1つの寺ができるということは、そこにあらゆる技術が注ぎこまれるが、蘇我氏はヤマト政権の中枢と親密な関係を築きながら、自らの勢力を拡大していった。
飛鳥寺に今も残る大仏が日本で最古の仏像とされているが、実はもう1つ、「最古では?」と目される仏像がある。
それが善光寺の本尊の「一光三尊阿弥陀如来像」。ただし、絶対秘仏で見ることはできない。(ページ2に続く)

ページ:

1

2 3 4

関連記事

本サイトの構成

本サイトは以下のジャンルに分類されています。
左側の上にカラーで色分けされたジャンルがありますので、それぞれにクリックして目的のジャンルにアクセスしてください。
[各ジャンルの紹介]
●日本と韓国の歴史
 ・歴史探訪
 ・韓国の歴史
 ・日韓交流史
●時代劇の主人公
●三大悪女/奇皇后
 ・朝鮮王朝三大悪女
 ・奇皇后 
●オクニョ
 ・登場人物
 ・豆事典
 ・歴史解説
 ・ドラマ解説 
●華政/イニョプの道
 ・華政/韓国時代劇
 ・イニョプの道
●朝鮮王朝人物列伝
●国王列伝/事件簿
 ・おどろき国王列伝
 ・事件簿
●歴史事典/編集部
 ・歴史事典
 ・編集部

ページ上部へ戻る